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賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は、賀茂別雷神社(上賀茂神社)とともに賀茂氏の氏神を祀る神社(総称して「賀茂神社」)。 鴨川の下流に祀られていることから「下鴨神社(しもがも)」という別称で親しまれている。 神武天皇の代(BC658年)に御蔭山に祭神が降臨したとされ、古くより朝廷の崇敬を受け、平安遷都後は、山城国の一之宮となり、国家国民の安泰を祈願する神社として崇敬された。 平安時代の1036年(長元9年)以降、21年毎に式年遷宮を行っていたが、本殿2棟が国宝に指定されたため、現在は一部を修復するのみ。 |
西殿 賀茂建角身命 (かもたけつぬみのみこと) 東殿 玉依媛命 (たまよりひめのみこと) |
神話によると、玉依媛命(たまよりひめのみこと)が賀茂川(加茂川)の川上から流れてきた丹塗矢を持ち帰ったところ懐妊し、誕生したのが賀茂別雷命だという。 賀茂別雷命は、賀茂別雷神社(上賀茂神社)に祀られている。 |
楼門 |
舞殿 |
中門 |
言社 |
幣殿 (本殿) |
橋殿 |
御手洗川 |
細殿 |
井上社 (御手洗社) |
神服殿 |
姫小松 |
供御所 |
三井神社 |
出雲井於神社 |
相生社 |
河合神社 |
唐崎社遥拝所 |
歴代斎王神霊社 |
河崎社 |
雑太社 |
二十二所社 |
垂水 |
奈良殿神地 |
御手洗・直澄 |
伊豆神社 (大津市) |
神田神社 (大津市) |
大津市堅田の浮御堂近くにある伊豆神社と神田神社は、下鴨神社が勧請された社。 堅田は下鴨神社の御厨で、下鴨神社へ琵琶湖の鮮魚を献上することで諸役が免除されていたのだという。 |
葵祭前日(5月14日)には、両社で下鴨神社へ鮒を献上する「堅田供御人行列」(堅田供御人鮒奉献奉告祭)が行われる。 |
『吾妻鏡』によれば、1184年(元暦元年)4月24日、源頼朝は、賀茂社の所領41ヶ所に対し、後白河法皇の院庁下文のとおり、武家による年貢の横領を止めるよう命令を下す決定をしている。 1186年(文治2年)9月5日には、賀茂別雷社の所領について、地頭の支配を止め、社家に任せるよう命じている。 同時に備後国有福庄での土肥実平の横領や、近江国安曇川御厨での佐々木定綱の支配を止めるよう命じている。 |
賀茂神社 |
葵祭 |
賀茂別雷神社(上賀茂神社)と賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は、総称して賀茂神社と呼ばれる。 古くより朝廷から崇敬され、794年(延暦13年)の平安遷都後は山城国の一之宮となり、王城鎮護の神として一層崇敬された。 802年(大同2年)には正一位の神階を受け、賀茂祭(葵祭)は、石清水八幡宮の例祭(石清水祭)・春日大社の例祭(春日祭)とともに三大勅祭のひとつ。 葵祭は紫式部の『源氏物語』にも描かれている。 |
葵紋と賀茂神社〜徳川家と三つ葉葵〜 元康から家康に改名・松平から徳川に改姓 |
みたらし団子 |
申餅 |
みたらし団子は、下鴨神社の御手洗祭で氏子が作って供えたのがはじまり。 かつて申餅は「葵祭の申餅」と呼ばれ、食べる事で身を清め、無病息災を祈願したのだという。 |
清少納言は『枕草子』に素晴らしい神として・・・ 松尾大社・石清水八幡宮・大原野神社・春日大社・平野神社・水分神社・上賀茂神社・下鴨神社・伏見稲荷大社を挙げている。 |
京都市左京区下鴨泉川町59 京阪「出町柳駅」下車徒歩10分 |
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