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明石の君(明石の御方・明石の上)は、紫式部の『源氏物語』の主人公・光源氏の明石時代の愛人。 父は明石入道。 母は明石尼君。 明石入道は、光源氏の母・桐壺更衣の従兄弟。 |
明石の君の父・明石入道は、「明石の君が天皇の母となる娘を産む」という夢告を受けていた。 そのため、明石の君は都の姫君に劣らない教育をほどこされて成長する。 須磨に退去していた光源氏が明石に流れ着くと、娘の出世を願う明石入道は明石の君を光源氏に引き合わせた。 そして、明石の君は懐妊し、光源氏が帰京した後に女児(明石の姫君)を出産。 喜んだ光源氏は、生後50日には素晴らしいお祝いの品々を送っている。 その後、光源氏は住吉詣をするが、その日、偶然にも明石の君も参詣していた。 しかし、内大臣となっていた光源氏一行の華やかさに圧倒され、自分の身の程を情けなく感じて、その場を立ち去ってしまう。 あとでそのことを知った光源氏は、二条院に明石の君を住まわそうと上京を促すのだが・・・ 田舎育ちの自分が光源氏の愛人の中で暮らすことに不安を抱いた明石の君は、母・明石尼君の祖父・中務宮の別荘を修築して住むことに。 この屋敷で光源氏は、娘の明石の姫君と対面。 やがて、姫君は紫の上の養女として二条院に引き取られてしまう。 明石の君と姫君は、のちに姫君が入内するまで会うことはなかった・・・ その後、六条院が完成すると冬の町の主となり「冬の御方」とも呼ばれた。 娘の明石の姫君は中宮となり、光源氏亡き後は姫君が産んだ皇子たちの後見をしている。 明石の君は、六条御息所に似ていたらしい。 |
琵琶と源氏物語~琵琶の名手・光源氏、明石入道、明石の君~ |
明石の巻で、光源氏は明石の君に恋文を送っているが、「『思ふには』とばかりありけむ」と描かれている。 『思ふには』は、『古今和歌集』の歌の引用。 |
思ふには…我慢できない恋心~古今和歌集の歌と光源氏の恋文~ |
岡之屋形跡歌碑は、明石の君の岡辺の家跡に建てられた碑。 |
明石の君は年に二度、春と秋に住吉大社を参詣していた。 |
大堰の邸は、明石の君が上京したときに住んだ邸宅。 |
二条院は、光源氏が明石の姫君を迎え入れた邸宅。 |
六条院は、『源氏物語』の中で光源氏が六条京極に造営した架空の建築物。 上京した明石の君は、のちに六条院の冬の町に住まいすることとなる。 |
明石の姫君は光源氏の唯一の愛娘。 六条院では11歳になった姫君の裳着が行われた。 |
風俗博物館~道長の栄華・彰子に仕えた紫式部・源氏物語~ |
勧修寺は、醍醐天皇が母藤原胤子の菩提を弔うために建てた寺。 胤子の父藤原高藤と母宮道列子は紫式部の先祖。 光源氏と明石の君の恋の話は、高藤と列子の恋の話がモデルであるとされる。 |
鎌倉の東慶寺の初音蒔絵火取母の図柄は、明石の君が姫君に贈った和歌と関係がある。 |
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