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大庭御厨は、鎌倉権五郎景政が伊勢神宮に寄進した土地。 相模国最大の寄進地系荘園。 相模国高座郡南部(現在の藤沢市から茅ヶ崎市にまたがる広大な土地)は、当時の一等地であったといわれ、古くより大きな集落があったものと考えられている。 大庭景親の拠点だったという大庭城址からは、古代の遺物が多数発見されていることなどがそれを裏付けている。 『吾妻鏡』養和2年2月8日条によれば・・・ 景政は自ら開発したこの土地を1117年(永久5年)10月23日に伊勢神宮に寄進している。 1144年(天養元年)には、源義朝が鎌倉郡内だと称して乱入し、大規模な収奪を行ったという歴史もある。 |
鎌倉権五郎景政 |
皇大神宮 (藤沢市) |
皇大神宮は大庭御厨の総鎮守として崇敬された社。 |
御嶽神社 (藤沢市西俣野) |
神明社 (藤沢市西俣野) |
御嶽神社と神明社は、大庭御厨の俣野郷にある景政ゆかりの社。 |
平安時代末になると鎌倉権五郎景政の子孫にあたるという大庭氏が御厨の経営を行っていた(この辺の系図は諸説あって不明な点が多い。)。 大庭氏の祖景忠の子景親は、1180年(治承4年)に源頼朝が挙兵すると平氏方につき、藤沢市片瀬で処刑された。 景親の兄景義は、頼朝に従い、鎌倉御家人として仕えている。 |
大庭城址 (藤沢市) 大庭景親の拠点 |
懐島城址 (茅ヶ崎市) 大庭景義館址 |
俣野観音堂 (横浜市) 俣野景久の守護仏 |
大庭の地は、源頼朝の挙兵に敵対した大庭景親の本拠地。 大庭城址がその居城だったされてきたが、近年の研究では戦国期の城跡であることが判明している。 |
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