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大庭の地は、源頼朝の挙兵に敵対した大庭景親の本拠地。 景親は、鎌倉権五郎景政が開発した大庭御厨を経営した武将。 |
大庭城址 |
宗賢院 |
長らく大庭城址が大庭景親の居館跡とされてきた。 しかし、近年の研究では、本格的な築城は扇谷上杉家の上杉定正に仕えた太田道灌。 その後、北条早雲によって攻略され、小田原北条氏の支配下に置かれたと考えられている。 そして、大庭景親の居館は、大庭城址南方の宗賢院の裏側あたりの台地にあったのではないかと考えられている。 |
舟地蔵 |
舟地蔵には、北条早雲が大庭城を攻めたときの伝説が残されている。 |
大庭神社 |
成就院 |
大庭神社は、大庭景親を祀る神社。 成就院は、大庭神社の別当寺だった。 |
熊野神社 |
稲荷神社 |
熊野神社は、大庭神社旧跡。 大庭景親の先祖鎌倉権五郎景政は、稲荷神社の境内を馬つなぎの場としたのだとか。 |
聖ヶ谷 |
熊野神社 |
『吾妻鏡』によると、1254年(建長6年)4月18日、聖福寺鎮守神の神殿の上棟式が行われ、その地は相模国の大庭御厨内と記されている。 熊野神社や聖ヶ谷は聖福寺跡であるとも伝えられてきた。 |
皇大神宮 |
養命寺 |
鵠沼の皇大神宮は、鎌倉権五郎景政が開発した大庭御厨の総鎮守。 城南にある養命寺は、宗賢院第三世の暁堂元龍の創建と伝えられる。 |
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