鎌倉手帳(寺社散策)

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本 蓮 寺
=藤沢市片瀬=

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本蓮寺


 595年(推古天皇3年)、聖徳太子の師義玄和尚により開かれた真言宗の寺院だったと伝えられている。

 1184年(元暦元年)11月、源頼朝により源立寿寺として再建されたのち、嘉元年間(1303年から1306年)に日秀が日蓮宗の寺とした。

 1271年(文永8年)、日蓮龍ノ口法難を免れた際、ここで休息をしたという。

 1649年(慶安2年)には徳川家綱から朱印地七石を賜り、「御朱印寺」となった。

 1886年(明治19年)まで住職がいなかった龍口寺輪番寺の一つ。



御朱印寺
御朱印寺


リンクボタン鎌倉と日蓮

リンクボタン鎌倉の日蓮宗の寺

リンクボタン龍口寺輪番八ヶ寺





〜鎌倉殿駒牽(こまつなぎ)の松〜

 かつて、本蓮寺には、鎌倉殿駒牽の松と呼ばれる松があったといわれている。

 源頼朝は、父義朝の遺骨を送り届けて来た後白河法皇の勅使とこの場所で対面し、義朝の遺骨を供養したと伝えられている。

 境内では「義朝の供養塔」も出土しているという。



勝長寿院跡
リンクボタン勝長寿院跡
(鎌倉)

 勝長寿院は、頼朝が父義朝の菩提を弔うために創建した寺院。

 『吾妻鏡』によると、1185年(文治元年)9月3日、後白河法皇から送られた義朝と義朝に仕えた鎌田政長(政清・政家)の首を葬り、追善の法会が行われている。





宗尊親王歌碑
宗尊親王の歌碑

 鎌倉幕府の六代将軍宗尊親王は将軍職を廃され、1266年(文永3年)7月4日、京に送還された。

 その途中、この寺で「帰り来て又見ん事も固瀬川濁れる水のすまぬ世ならば」と詠んだといわれている。 





西行もどり松
リンクボタン西行もどり松

 本蓮寺の門の脇には、「西行もどり松」と呼ばれた枝振りの見事な松が植えられていたという。

 文献には、「本蓮寺の門外大路の傍に在り、枝葉西方を指す、往昔、西行この地に来たり、都の方を見返り、この枝を取って西方に押まげ向けたり、故にこの名ありという」とある。









本蓮寺総門
総門


本蓮寺石橋
石橋

 石橋は1800年(寛政12年)に架けられた。


本蓮寺山門
山門


本蓮寺燈籠
燈籠

 灯籠は上野寛永寺から移されたもの。


本蓮寺鐘楼
鐘楼


本蓮寺多宝塔
釈迦多宝塔


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本蓮寺
本蓮寺

藤沢市片瀬3−4−41

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