|
承香殿(じょうきょうでん)は、内裏の後宮七殿五舎の一つで、天皇や女御などの居所として使用された。 七殿の中では弘徽殿についで格式の高い殿舎とされている。 天皇の書物を保管する内御書所では、醍醐天皇の時代に『古今和歌集』が紀貫之によって編纂された。 承香殿を賜った后妃には・・・ 村上天皇女御・徽子女王(斎宮女御) 宇多天皇女御・藤原胤子 醍醐天皇女御・源和子 円融天皇女御・尊子内親王 一条天皇女御・藤原元子 後三条天皇女御・藤原昭子 白河天皇女御・藤原道子 後白河天皇中宮・藤原忻子 がいる。 紫式部の『源氏物語』では、朱雀院の妃・承香殿女御が今上帝を産んでいる。 |
七殿五舎 |
弘徽殿 承香殿 麗景殿 登華殿 貞観殿 宣耀殿 常寧殿 |
飛香舎(藤壺) 凝花舎(梅壺) 昭陽舎(梨壺) 淑景舎(桐壺) 襲芳舎(雷鳴壺) |
村上天皇女御・徽子女王は、朱雀天皇のときに伊勢神宮に仕える斎王(斎宮)となったことから、斎宮女御と呼ばれる。 紫式部の『源氏物語』に登場する光源氏の愛人で、生霊・怨霊となって葵の上や紫の上・女三宮にとりついた六条御息所は、徽子女王がモデルともいわれる。 |
野宮神社は、伊勢神宮に仕える斎王(斎宮)が伊勢に赴く前に身を清めたという「野宮」の地に鎮座する社。 六条御息所は斎宮となった娘(のちの秋好中宮)とともに野宮で暮らし、斎宮とともに伊勢へ下っている。 |
平安宮は、平安京の宮城。 |
内裏は天皇の住まいで、儀式や執務などを行う宮殿。 |
大極殿跡 (朝堂院正殿) |
豊楽殿跡 (豊楽院正殿) |
平安宮(大内裏)の中央には朝堂院、西に豊楽院、北東に内裏があり、それらを囲むように二官八省をはじめとする役所が建ち並んでいた。 大極殿は、朝堂院の正殿。 豊楽殿は、豊楽院の正殿。 平安宮は、1227年(安貞元年)の火災で全焼した後は再建されなかった。 |
京都市上京区浄福寺通出水下る西入北側 |
大きい地図を見るには・・・右上のフルスクリーンをクリック。 |
大きい地図を見るには・・・右上のフルスクリーンをクリック。 |
|