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玉前神社(たまさきじんじゃ)は上総国一宮。 創建年は不明だが、平安時代の「延喜式神名帳」に名を列せられた古社。 祭神は玉依姫命 (たまよりひめのみこと)。 『吾妻鏡』によると、上総広常は源頼朝の東国泰平を祈願して「小桜皮威(こざくらかわおどし)の鎧」を寄進したのだという。 境内には、その鎧に結びつけてあった願文を刻んだ顕彰碑が建てられている。 |
上総広常は、上総介として上総・下総二ヶ国に所領を持ち、大きな勢力を有していた豪族。 1180年(治承4年)、伊豆国で源氏再興の挙兵をした源頼朝が石橋山の戦いに敗れて安房国に渡り再挙すると、広常は二万騎を率いて頼朝のもとに参上したのだと伝えられている。 頼朝の武家の都の創設に尽力した広常だったが、1183年(寿永2年)12月22日、謀反を企てたとして梶原景時に暗殺された。 その後、明らかになったのが広常が玉前神社に奉納した願文。 |
一 | 三箇年のうちに、神田二十町を寄進すること。 |
一 | 三箇年のうちに、万度の流鏑馬を射ること。 |
一 | 三箇年のうちに、神殿の造営をすること。 |
という計画が記され、これらの事を行うのは「頼朝の祈願成就と東国泰平のためのものであること」が記されていたのだという。 |
2万騎で参陣した上総広常 新亭完成・鎌倉殿と武家の都の誕生 東国の主君「鎌倉殿」 |
千葉県長生郡一宮町一宮3048 JR外房線上総一之宮駅下車徒歩8分 |
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