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二宮明神社とも呼ばれる川勾神社は、垂仁天皇の時代の創建と伝えられ、師長国(しなが)の一之宮だった。 646年(大化2年)に発布された改新の詔によって、相武国と師長国が統合され相模国となった折、一之宮の地位を寒川神社に譲ったのだという。 大磯町の神揃山で行われる「国府祭」(こうのまち)は、両国の一之宮だった寒川と川勾がその座をめぐって争ったという故事にちなむもの。 1192年(建久3年)、源頼朝が妻北条政子の御産加持を命ずるなど鎌倉武士団からの崇敬が深かった。 戦国時代には、小田原城の鬼門除の守護神として保護されてきた。 |
北条政子の安産祈願所 延喜式内相模十三社 |
相模国一之宮寒川神社、二之宮川勾神社、三之宮比々多神社、四之宮前鳥神社、平塚八幡宮と、相模国総社といわれた六所神社の神輿が一堂に集う祭。 毎年5月5日の端午の節句に行われている。 |
国道1号線の川勾神社入口交差点にある茶屋の薬師堂に安置されている薬師如来坐像は、像高261.5pという大きなもので、かつては川勾神社の本地仏だった。 明治の神仏分離によって川勾神社より分離されている。 |
川勾神社参道の切通にある地蔵尊。 かつての切通は道が悪く、子どもがよく転んだが怪我はなく、着物の袖が切れるくらいだったのだという。 そこで、感謝のために袖を切って奉納したのだとか。 |
随神門の木造神像は、千年あまりも前のものと推定されている。 |
神奈川県中郡二宮町山西2122 JR東海道線「二宮駅」からバス 押切坂上下車徒歩10分 |
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