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称名寺の金堂前の庭園は、貞顕の代に完成され、阿字ヶ池の中島に反橋と平橋が架けられた浄土式庭園となっている。 |
※ | 貞顕は、京都に常在光院を築き、優美な庭園を築いたという。 その場所は定かではないが、浄土宗の総本山知恩院の方丈辺りではないかという説がある。 |
夕日が落ちる池の美しさに、称名寺を訪れていた「さる姫君」が畔に近づき、足を滑らせて池に落ちてしまった。 助けようとした乳母も池に落ち、二人ともに溺死してしまった。 そして、落ちた二人は石となったという伝説が残されている。その石が金沢四石に数えられている「美女石」と「姥石」. (現在は美女石のみが残っている。) 「称名のみのりの池の美女石も今でも乳母もろともに蓮のうてなに」 ※他の金沢四石は、金龍院の「飛石」と琵琶島の「福石」。 |
称名寺は、金沢北条氏の祖北条実時が建てた持仏堂がはじまりとされ学問所として栄えた。 塔頭光明院の「大威徳明王像」は運慶の真作。 |
横浜市金沢区金沢町212−1 京浜急行金沢文庫駅下車徒歩15分。 |
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