紫式部「光る君へ」


藤原頼通と禔子内親王の縁談
隆姫を悲しませたくない頼通は

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 藤原頼通の正室は、具平親王の長女・隆姫女王。

 敦康親王の妃の姉。

 頼通と隆姫の夫婦仲は良かったが、隆姫には子が生まれなかったため・・・

 1015年(長和4年)、頼通の父道長と対立していた三条天皇は、道長を懐柔するため、頼通に第二皇女の禔子内親王の降嫁を持ち掛けた。

 禔子内親王の母は藤原娍子

 敦明親王は同母兄。


 『栄花物語』によると・・・

 新しい妻を迎えて隆姫を悲しませたくない頼通に道長は、

 「男が妻を一人しか持たないとは、とんでもないことだ」

 と叱責したのだとか。


 やがて頼通が重病となってしまったため、この結婚は沙汰止みになっている。

 頼通の病の原因は・・・

 隆姫を案じた具平親王の怨霊に取りつかれたという噂も。

 その後、禔子内親王は頼通の弟教通と結婚している。





~紫式部と具平親王~

 紫式部は、中宮藤原彰子に仕える前に具平親王に仕えていたのではないかという説がある。

 『紫式部日記』によると、藤原道長紫式部を具平親王家に縁のある者と思っていたらしい。

 『源氏物語』光源氏に恋をした夕顔は、具平親王の最愛の妾妻・大顔がモデルとも。

 『源氏物語』の中で光源氏が六条京極に造営した六条院は、具平親王邸をイメージしたのではないかという説も。










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