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「源氏の間」は本堂の相の間にある部屋。 1004年(寛弘元年)8月15日、石山寺に参籠中だった紫式部は、中秋の名月が琵琶湖に映る美しい景色を見て、この部屋で『源氏物語』を書き始めたのだという。 『源氏物語』の冒頭は「桐壺」の巻だが・・・ この日、紫式部は「須磨」「明石」の巻の一節を書きとどめたのだとか・・・ 蟄居を余儀なくされた在原行平(光源氏のモデルの一人)の須磨での日々を重ねあわせながら、「須磨」・「明石」の両巻から書き始めたのだという。 |
平安時代には、貴族による観音信仰が高まり、藤原道長をはじめ、宮中に仕えた紫式部・清少納言などの女流文学者が盛んに観音霊場を参詣した。 |
清水詣・石山詣・初瀬詣〜平安貴族が信仰した清水寺・石山寺・長谷寺〜 |
石山寺の紫式部の供養塔は、国の重要美術品に認定されている。 |
紫式部が書いた『源氏物語』は架空の恋愛物語。 仏教では架空の物語を作るということは「嘘をついてはいけない」という五戒の一つ「不妄語戒」に当たるのだとか。 そのため、平安末期から鎌倉初期には、紫式部を供養する源氏供養が始められたのだという。 |
源氏供養〜地獄に落とされた紫式部の供養〜 |
紫式部の泉 |
石山紫の道 |
京阪石山寺駅前の「紫式部の泉」は、『源氏物語絵巻』をモチーフにした噴水。 「石山紫の道」は、石山寺駅から石山寺までを『源氏物語』に登場する草花で彩ろうというプロジェクト。 |
「光る君へ びわ湖大津 大河ドラマ館」は、境内の明王院に設置。 |
石山寺は、聖武天皇の勅願によって良弁が開いた。 東大寺との関りが深い寺院。 日本最古といわれる国宝の多宝塔は、源頼朝の寄進と伝えられる。 |
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