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新日吉神宮(いまひえじんぐう)は、1160年(永暦元年)に後白河上皇の院御所・法住寺殿の鎮守社として日吉大社を勧請して創建された新日吉社を始まりとする。 法住寺殿には、新日吉社と同時に熊野三山から熊野権現を勧請した新熊野社も建立され、1164年(長寛2年)には鎮守寺として蓮華王院(三十三間堂)が建立されている。 |
大山咋命 大山咋命荒魂 大己貴命 玉依比売命 玉依比売命荒魂 田心比売命 菊理比売命 後白河天皇 |
素盞嗚尊 大年神 |
本社の日吉大社では猿を神使としている。 日吉大社は比叡山に延暦寺が創建されると守護神とされ、最澄は日吉大社の神を「山王」と称して信仰した。 |
京都御所 |
赤山禅院 |
京都御所の猿ヶ辻や赤山禅院の拝殿屋根にも山王信仰に基づく猿が置かれている。 いずれも金網の中に入れられているのは、夜になると暴れだし、いたずらを繰り返したためなのだとか・・・ |
小五月会(こさつきえ)は、日吉大社や春日大社で催されていた祭礼。 新日吉社でも催され、後白河上皇や後鳥羽上皇が御幸して競馬や流鏑馬が行なわれていたのだという。 城南寺祭と同じく院御所の鎮守祭という意味があったのだという。 後鳥羽上皇の時代には、院の軍事力を見せつける場でもあったようだが、承久の乱後は朝廷と幕府の共同開催となったらしい。 今日では、新日吉祭(いまひえさい)として5月第二日曜日に開催されている。 |
城南宮は、平安京の南に鎮座する神社。 承久の乱を起こした後鳥羽上皇は、城南流鏑馬の武者揃えと称して兵を募ったのだという。 |
京都市東山区妙法院前側町451−1 |
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