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天の戸の 月の通ひ路 ささねども いかなるかたに たたく水鶏ぞ |
「身分の高い人たちの通路(宮中の通路)も閉ざしていないのに、水鶏は誰の局の戸を叩いてるの」 この歌は、小少将の君が6月の7、8日の夕月夜に、内裏で水鶏が鳴く様子を詠んだもの。 |
槙の戸も ささでやすらふ 月影に 何をあかずと たたく水鶏ぞ |
「槙の戸も閉ざさないでいる美しい月明かりの夜に、水鶏は何を不満げに叩き続けているのでしょう」 紫式部の返歌。 |
通説によると、紫式部が藤原彰子に仕えるようになったのは1005年(寛弘2年)12月29日。 この年の11月、内裏が焼失。 そのため、一条天皇と彰子は東三条殿に遷った後、一条院に遷御している。 したがって、この歌が詠まれた内裏は一条院のことかと・・・ |
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