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法輪寺は、713年(和銅6年)、行基が創建した葛井寺(かどのいでら)を前身としている。 829年(天長6年)、弘法大師(空海)の弟子・道昌が虚空蔵菩薩像を安置し、868年(貞観10年)には、葛井寺を再興し、寺号を法輪寺と改めた。 赤染衛門は何度も訪れ、秋に参詣した際には嵯峨野に咲く美しい花を見て歌を詠んでいる。 清少納言は『枕草子』に「壺坂寺・笠置寺・法輪寺・霊山寺・石山寺・粉河寺・志賀寺」と記している。 本尊は虚空蔵菩薩。 「十三まいり」の寺として知られ、通称「虚空蔵さん」と呼ばれている。 「十三まいり」は干支が一巡する13歳になった子が、無限の知恵と慈悲をもった虚空蔵菩薩に知恵を授かり御利益を祈るもの。 かつては、「十三まいり」をした参詣者は、その帰りに渡月橋を渡りきるまでは振り返ってはいけないと伝えられてきた。 |
3月13日~5月13日 10月1日~11月 30日 |
虚空蔵菩薩は、丑年と寅年生まれの守り本尊。 |
法輪寺の「針供養」は、皇室で使用された針の供養を命ぜられたことに始まり、平安時代から行われている。 「針供養」では、参拝者が蒟蒻に針を刺して供養する。 12月8日の針供養では、皇室から下賜された針が宝塔に納められる。 針供養:2月8日 12月8日。 |
毎年10月15日、いらなくなった人形やぬいぐるみを供養する人形供養が形塚の前で執り行われる。 |
文徳天皇の第一皇子・惟喬親王(これたかしんのう、844-896年)は、法輪寺に籠もり、その満願の日の11月3日、虚空蔵菩薩より「うるしの製法」と「漆塗りの技法」を伝授され、それを全国に広めたという。 惟喬親王は隠棲していた近江国で、杣人(そまびと・林業従事者)に木工技術を伝授したとも伝えられ、木地師の祖ともいわれている。 |
法輪寺に虚空蔵菩薩を安置した道昌は、百日間の求聞持法を修した。すると満願の日、空から明星が降りそそいで虚空蔵菩薩が来迎したのだという。 その明星を表す明星天子を本地仏として、雷の神である電電明神を祀る明星社が鎮守社として奉祀された。 1864年(元治元年)の禁門の変で焼失したが、1969年(昭和44年)に社殿が再建され、電電宮と改称された。 |
法輪寺の見晴台から見える渡月橋は、法輪寺を再興した道昌が「十三まいり」のために架けた橋。 見晴台からは渡月橋を望むことができる。 |
京都市西京区嵐山虚空蔵山町68 ・JR嵯峨野線「嵯峨駅」より徒歩10分 ・京福電鉄「嵐山駅」より徒歩7分 ・阪急電鉄(嵐山線)より徒歩5分 |
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