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藤沢市亀井野にある神社。 源義経の家臣亀井六郎重清が崇敬したと伝えられている。 宝永年間(1704〜1711年)、この地を知行していた岡部和泉守によって改築され、関東大震災によって倒壊した後、1926年(大正15年)、氏子中によって再建された。 「亀井野」の地名は、亀井神社に由来するという。 |
天軻句突知命 (あめのかぐつちのみこと) |
紀伊国の熊野社家鈴木重倫の子とも、近江源氏の佐々木秀義の子ともいわれる。 兄は重家とともに源義経に仕え、義経四天王の一人に数えられた。 『吾妻鏡』1185年(元暦2年)5月7日の条には、義経の使者として亀井六郎(重清)が参着し、源頼朝に異心がないことの起請文が献じられたことが記されている。 『義経記』によると、1189年(文治5年)閏4月30日、奥州平泉で義経とともに最期を遂げた。 |
※ | 『義経記』や『源平盛衰記』などには、それぞれ異なる人物が四天王として描かれている。 |
亀井水 (名古屋市瑞穂区) |
高館義経堂 (平泉・衣川館跡) |
重清の母は頼朝の乳母だったとも伝えられ、重清の屋敷があったとされる名古屋市瑞穂区には頼朝の産湯に使ったとされる井戸が残されている。 |
義経の伝説と亀井神社(okadoのブログ) |
神奈川県藤沢市亀井野554 小田急江ノ島線「六会日大前」から徒歩8分 |
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