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深谷市畠山の井椋神社(いぐらじんじゃ)は、1125年(天治2年)、畠山重忠の父・重能が畠山に移り住んだときに、曾祖父の秩父重綱が秩父郡吉田郷芦田村の椋神社を勧請したもの。 「井椋五所宮」、「井椋御所大明神」などと称されていたという。 祭神は、猿田彦命、健甕槌命、経津主命、天児屋根命、比売神。 社殿裏は、鶯が畠山重忠に荒川の浅瀬を教えてくれたという伝説が残された「鶯の背」。 |
秩父氏館跡 (秩父市) |
椋神社 (秩父市) |
畠山氏は秩父氏の一族。 秩父市立吉田小学校周辺が秩父氏の館跡とされ、椋神社には館の鎮守として勧請した八幡宮がある。 畠山の地に椋神社を勧請した秩父重綱は、武蔵国留守所惣検校職に補任され、武蔵国の武士団の統率権・動員権を持って勢力を伸ばした。 |
満福寺 |
鶯の背 |
井椋神社の近くには、畠山重忠の館跡があって、現在は史跡公園として整備されている。 |
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