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紹太寺は、小田原藩主稲葉氏の菩提寺。 黄檗宗。 小田原藩稲葉家の初代藩主稲葉正勝が、1635年(寛永12年)、小田原城下の山角町(南町)に父母の菩提を弔うために建てたのがはじまり。 その後、二代藩主稲葉正則が、1669年(寛文9年)、現在地に移した。 開山は、黄檗宗の本山萬福寺の隠元隆gのもとで修行をした鉄牛道機。 創建時には、黄檗宗では関東随一の七堂伽藍を有する寺だったというが、幕末の安政年間(1854年 - 60年)に焼失した。 正勝の父は稲葉正成、母は徳川三代将軍家光の乳母を務めた春日局。 本尊は釈迦牟尼。 1201年(建仁元年)に北条政子が源頼朝の三回忌に建立したという浄業寺(伊勢原市・廃寺)の本尊が遷されたのだという。 |
稲葉正則の重臣田辺権太夫夫妻の寄進と伝えられ、開山の鉄牛がこの橋の下の放生池で「放生会」を催したと伝えられる。 |
二代藩主正則が建てた祖母春日局、父正勝の供養塔をはじめ、正則や正勝の重臣塚田正家などの墓が並んでいる。 |
稲葉氏一族の墓の前は御霊屋があった場所。 御霊屋には稲葉氏歴代の位牌と紹太寺開基の稲葉正則の坐像が安置されていたという。 |
鉄牛は隠元隆gに参禅し、黄檗宗の本山萬福寺の造営の尽力した。 その後、稲葉正則の招きで小田原に来た鉄牛は、1669年(寛文9年)、紹太寺の開山となった。 1700年(元禄13年)死去。十三回忌に大慈普応禅師の称号が与えられている。 寿塔は、1687年(貞享4年)、紹太寺二世の超宗が鉄牛の長寿を祝って建立したもの。 |
かつて、紹太寺の伽藍が建ち並んでいた地には、二代藩主稲葉正則が植えたともいわれる枝垂れ桜がある。 |
墨田区の弘福寺も鉄牛道機によって開かれた寺。 |
神奈川県小田原市入生田303 箱根登山線入生田駅から徒歩10分 |
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