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横浜正金銀行は、1880年(明治13年)に設立された国立銀行条例準拠の銀行。 横浜開港後、外国商人の主導で行われていた貿易・金融取引を改善するために設立され、日本の不利益を軽減するために現金での取引を主に行った。 「正金」は現金という意味。 その後、世界規模で影響力を持つようになった日本を国際金融面で支え、世界三大為替銀行の一つに数えられるようになった。 戦後、GHQの指令によって解体・清算され、外国為替業務は東京銀行(現在の三菱UFJ銀行)に引き継ぎがれている。 旧横浜正金銀行本店の建物は、1904年(明治37年)7月竣工(重要文化財)。 設計者は明治時代を代表する建築家で工学博士の妻木頼黄(つまきよりなか)。 現場監督は技師工学士・遠藤於菟(えんどうおと)。 1899年(明治32年)から5年をかけて建設された。 |
日本最古の銀行は、1873年(明治6年)に渋沢栄一が日本橋兜町に創設した第一国立銀行。 渋沢栄一は、横浜正金銀行の株主になっている。 |
旧横浜正金銀行本店の建物は、現在、「かながわの文化と歴史」をテーマとして、神奈川の先史から現代までの資料を展示する「神奈川県立歴史博物館」として利用され、年数回、特別展が開催されている。 |
開館時間: 午前9時30分〜午後5時 休館日: 毎週月曜日(祝日の場合は開館) 神奈川県横浜市中区南仲通5−60 電話:045-201-0926 |
「パンチの守(かみ)」は、イギリス人画家のチャールズ・ワーグマンが居留外国人向けに書いた雑誌『ジャパン・パンチ』のキャラクター。 チャールズ・ワーグマンは1861年に来日。 高橋由一などの日本人画家に洋画の技法を教えた。 1891年、横浜で亡くなり外国人墓地に葬られた。 |
馬車道は、幕末の横浜開港とともに始まり、吉田橋の関門から開港場へと続く道。 |
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